話のたねのテーブル

植物や虫、動物にまつわるコラムをお届けします。
No.60
南の島の珍奇なカメムシ(その1)
執筆者:高井幹夫
2009年10月21日

 1993年に「日本原色カメムシ図鑑」が全農教より出版されたが、掲載種は353種であり、日本産カメムシの全体像を表しているとは到底思えなかった。そこで第2巻 の出版に向け、準備を進める計画を立てられた。日本産と謳う以上、日本全体をできるだけ網羅する必要があった。中でも種数はもとより、未記載種、美麗種が多い南西諸島は魅力的であり、相当の精力を注ぐ必要があった。しかし、1年に1,2回、短期間出かけたところで所詮成果はしれていた。丁度その頃、転勤で石垣島にいた高橋敬一さん(話のたねのテーブルにも投稿してくれています)が、「私がカメムシを採集して送りましょう」と申し出てくれた。しかし、1,2度会っただけで、しかもカメムシ屋さんではない方だったので、大きな期待を寄せていた訳ではなかった。ところが、とんでもなく珍しいカメムシを次々と送ってくるので、撮影するのが楽しくなり、彼からのカメムシ宅急便を心待ちするようになった。その内、こちらもだんだんと図々しくなり、こんなカメムシもあんなカメムシも採って欲しいとリクエストするようになった。無理難題とも思えるリクエストに彼は難なく応えてくれた。

 その一つが、ここに紹介するメダカダルマカメムシ(写真1)である。一見普通のカメムシに見えるが、頭部を見るとこのカメムシの異様さがお分かりいただけるだろう。このカメムシは、それまでに1頭しか採れていない、とてつもなく奇っ怪な顔を持つ珍しいカメムシであったので、何とか図鑑に載せたいと考えていた。それまでに採れた1頭も捕虫網を振っていて偶然捕獲されたものであり、どのような場所に生息しているかさえ分からなかった。しかし、次々と珍しいカメムシを採る高橋さんなら何とかしてくれるのじゃないかと期待し始めた矢先、彼から「ネズミ男らしきものを捕まえたので送ります」というメールをいただいた。我々カメムシ屋仲間の間では、その顔つきからこのカメムシを「ヒシバッタモドキ」あるいは ゲゲゲの鬼太郎に出てくるネズミ男に似ていることから「ネズミ男」と呼んでいた。このカメムシの顔(写真2)をよーく見て欲しい。これを見てカメムシだと分かる人は相当のカメムシ通である。まず顔面が扁平なカメムシなんて普通あり得ない。次に触角が複眼の下から出ているのもカメムシとしては考えられない。まさにヒシバッタの顔(写真3)ではないか。間の抜けた面長で、しかも複眼の下から出ている触角をヒゲに見立てるといかにも「ネズミ男」らしく見えませんか?

 2000年3月、偶然シマトネリコの幹にいる幼虫が見つかり、樹幹で生活するというこのカメムシの生態の一端が明らかになった。不思議なことに何時行ってもこのシマトネリコにはメダカダルマカメムシがおり、我々はこのシマトネリコを「ご神木」と呼び、石垣島に出かけるたびに「ご神木」詣でをしたものである。しかもこの「ご神木」には、メダカダルマカメムシだけでなく、別種のダルマカメムシ数種が棲息しており、しかもこの中には新属新種が含まれていた。これらのダルマカメムシについては、次回紹介したいと思う。
 石垣島の山中にあった「ご神木」も数年前に訪ねた時には台風で折れてしまっていた。時間はあるが年金生活の身、何時訪ねることができるか分からないが、「ご神木」の周りにあったシマトネリコに移り住んで繁殖していることを祈るばかりである。

(註)全国農村教育協会(全農教)では先に日本原色カメムシ図鑑日本原色カメムシ図鑑 第2巻(ホームページの書籍コーナー参照)を発行し、現在は第3巻を編集中です。

(写真1)メダカダルマカメムシ
(写真2)メダカダルマカメムシの顔
(写真3)ヒシバッタ