話のたねのテーブル

植物や虫、動物にまつわるコラムをお届けします。
No.97
「ガラパゴス」にはならなかった島―その13.島の人たち(その6)―
執筆者:高橋敬一
2010年07月14日

 水産資源局のミスター・カトーサンと舟釣りに行きました。「カトーサン」が名字です。この島は様々な国の植民地となってきたので、電話帳をめくると今でもスペイン風の名前、ドイツ風の名前、日本風の名前、アメリカ風の名前など、いろいろな国の名前が見られます。私が滞在していた時の大統領の名前はクニオ・ナカムラでした。「カトーサン」のように、「さん」までもが名字に取り込まれていることもあります。
 沖合に出ると、ミスター・カトーサンはクーラーボックスに詰め込んできたビールの缶をさっそく開け、それと同時におしゃべりを始めました。「どう、釣れてる? あ、けっこう釣れてるんだ。なんでぼくは釣れないんだろう。あ、そうそう、ね、知ってる? 昔、日本人から聞いた話なんだけどさ、兄弟がいてね、サムライの家だったんだけど、あ、引いてる、引いてる。僕んとこ引いてる。あああ、だめだったなあ。変だなあ。ビールくれる? ビール。あ、ありがと。バドワイザーってさ、これが一番だよね。知ってる? これは軍隊のビールなんだよ。なぜかっていうとさ、ほら反対側から読むとね、あ、またつんつんやってる。あ、ちくしょう、また逃げられちゃった。あ、おたく、また釣ったの? いいなあ、なんでぼくんとこかからないんだろう。何の話だっけ? あ、そうそう子どもの頃なんかさあ、森の中に入ってあそぶでしょ? あそばなかった? ほら、ここの傷ね、これさあ・・・」話はいつまでたっても止まりません。ミスター・カトーサンはビールを十数本飲んで、魚は一匹も釣らないうちにべろんべろんになってしまいました。

 酔っぱらったアルベルトさんが、ミスター・カトーサンにものをぶんぶん投げつけているのを見たことがあります。二人は普段からあまり仲がよさそうではありません。アルベルトさんが一方的にミスター・カトーサンを嫌っているようです。
 ある日、「ヘーイ」と言ってミスター・カトーサンが事務所のドアを開けました。アルベルトさんがいないのを確かめると中に入ってきて、「カニ捕ってきたよ」そう言って大きなマングローブガニ(ガザミ)を三匹くれました。一キロほどはある真っ黒なカニで、人を傷つけないように、大きなハサミのところだけはゴムひもでしばってあります。

 早速家へ持って帰りましたが、カニがおとなしくしているのをいいことに妻はそれをいつまでも部屋の中に転がしておきました。「冷蔵庫には入れないんですか?」「ミューン(パラオで拾ったネコ)がカニの前に座っていておとなしくしてるから都合がいいのよ」確かにいつもは大暴れしているミューンが、身動きもせずにちんまりとカニを見つめています。私も疲れていたので、そのままごろりと冷たい床の上に寝ころび、居眠りを始めました。ところが夕方の六時ころ、突如、カニたちが一斉にもそもそと動き始めたのです。部屋の中は灯りがともっていて明るいのですが、外は日没の時刻です。夜行性の彼らの体内時計が、「夜が来たぞ、起きろ!」という信号を出したに違いありません。カニはそれぞれ勝手な方向へと逃走を始め、三匹ともベッドの下などにもぐり込んでしまいました。妻がバーベキュー用の肉はさみを持ってミューンと一緒に追い回し始めましたが、もちろん簡単につかまるはずなどありませんでした。

カニを見つめるミューン
ドイツ人が島に持ち込んだカニクイザル