話のたねのテーブル

植物や虫、動物にまつわるコラムをお届けします。
No.18
普通種から新種発見へ
執筆者:山崎秀雄
2009年05月13日

 スポーツ、芸能などに興味のある方々の間では、どのチーム、または、誰の応援(フアン)をするかが話題になる。同様に、昆虫に興味のある人々の間では、どのようなグループに興味があるか、また、分類・分布、生態など、研究のジャンルと内容が話題になる。
 私は学生時代、虫を研究している地元(千葉県市川市)の高等学校の先生と初めてお会いしたとき、自己紹介のなかで、先生は「私は普通種をやって(研究して)います。」と、おっしゃられた。蛾の研究をしていることは、報告書などで承知していたので、
「私は蛾をやっています。ことに○○類が好きです。」の返事を期待していた。この時期、私は“新種(未記録種)を発見するぞー”と燃えていた時期なので、「私は普通種をやっています」にはちょっと違和感を覚えると共に、面白いことをいう人だと思った。以降、昆虫を通して永くお付き合いが続いている。
 卒業をして就職すると、多忙、野外への採集もままならない。そこで、思い出したのが、「私は普通種をやっています。」である。普通種なら研究の対象は容易に得ることができる。そこで、キマワリ(コウチュウ目ゴミムシダマシ科)の超普通種に眼をつけた。
 キマワリの標本を北から南まで集め、調べることにした。自分の標本だけでは不足なので知人や大学の研究機関に標本の貸与を申し出た。集まるのだが、1つの地域の標本の数が少なく、個体変異が調べにくい。あまりにも普通種なので、標本として保存するのに、最小限でよいと考えるのであろうか、最初のもくろみが外れた。このことについて、いろいろな方に伺うと、普通種は自分の研究分野以外は最小限にしか、標本は持たないとのことであった。

 本種の分布は北海道、本州、四国、九州。体長16-20mm、幼虫は朽木中でそれを食べている。形は円筒状でいわゆる針金虫形でやや太め、尾端は背側の上から斜めに裁断されたような形で、周囲は低い衝立で囲われたようになっている。インターネットのあるHP(ホームページ)を見ていたら、本種の幼虫をコメツキムシ類の幼虫との解説があった。コメツキ類の幼虫のハリガネムシタイプに似ているが、腹端の形が違う。幼虫期間は1~2年であろう。蛹はマユを作らないで、食べていた朽木のなかでなる。成虫は6~9月に出現、キノコ類を食べる。夜行性だが、昼間も活動する。平地から山麓帯まで広く、普通に生息している。
標本を北から南へと地域ごとに並べると、外部の形や色彩、光沢などに多少の変化があり、それが連続している。なれると外見で、おおよそどこの地域のものかが分かる。
伊豆諸島のうち、南部の式根島、新島、八丈島などのものは外見上、やや違う。これを、シキネキマワリ(写真)といい、伊豆諸島南部の特産種である。

 九州のものは他と明らかに異なり、背面の光沢は真鍮色、点刻列でできた溝は浅く、また各点刻列の間は平らで、しかもこれらの変異は安定している。1861年にロシアのMotschusky(モチュルスキー)はP.aeneus という名前を与えている。それを、キュウシュウキマワリとよんだが、四国や紀伊半島山地では九州産に似た個体が現れることなどから、現在は本州や北海道と同じとされている。
 北海道から九州までは変異がつながるのだが、屋久島産は本州産に似ているが、体が大きく、一連の変異とは連続しない。また、昆虫の分布の境目になる場所が屋久島の北側にあり、これを三宅・江崎線とよんでいる。この不連続線を境に連続変異が切れることで、新種または新亜種との確信を持った。ここに、亜種のヤクシマキマワリが誕生した(1964年)。
 動植物の分布の境(滝)になる場所が世界にいくつかある。それは、地史的に生物の分布拡大を阻む、海洋、山脈、大砂漠である。日本では、東洋区(いわゆる南方系)と旧北区(日本、ユーラシア大陸)の動物分布の境は、南西諸島の間に東西に線が引けるとした。この線を渡瀬線、七島灘線、青木線とよばれ、分布の境界線として有名である。この境界線附近は両地域の動物の混生が見られる。動物のグループによりこの境界が南北に移動する。昆虫だけを調べるとその境は北進し、屋久島の北になる。いずれにしても、南西諸島が東洋区と旧北区との境の地域になるので、動物の観察には面白い場所である。

ヤクシマキマワリ(屋久島産)
キマワリの仲間は日本より南に多くの種類が生息している。日本のキマワリ類は現在18の種や亜種に分けられている。
シキネキマワリ
写真は新島産。伊豆諸島南部の特産亜種。式根島で最初に発見されたのでこの名がある。
キマワリ 鳥取県米子市
銅色光沢があり、光沢が関東・東北・北海道などとは光沢が異なる。