話のたねのテーブル

植物や虫、動物にまつわるコラムをお届けします。
No.82
ヤゴの捕獲仮面
執筆者:大野 透
2010年03月24日

山崎秀雄先生に執筆いただいている『昆虫博士入門』で、ヤゴ(トンボの幼虫)の捕獲仮面を撮影した。
捕獲仮面はトンボが幼虫のときにのみ備える器官で、下唇が変形したものといわれている。通常はあごの下に折りたたんで隠しておき、瞬間的に繰り出して鋭い牙で獲物を捕らえるという。『昆虫博士入門』の編集中にこの話をうかがい、これはぜひ撮ってみたい、と考えた。何よりも“捕獲仮面”という用語が魅力的である。山崎先生からクロスジギンヤンマの幼虫を提供いただき、自宅で飼育しながら作戦を練った。
はじめに、小さな容器に水を張り、土塊を入れ、水面近くでヤゴを横から撮影できるような角度にセットした。そこへ釣り餌のアカムシ(ユスリカの幼虫)を入れてやり、捕らえる瞬間を待った。
ラッキーなことに、一回目で撮影することに成功した。写真1が繰り出す直前、写真2が捕らえてひきつけたところである。写真でみると前脚のようだが、より頑丈で頭部からでている口器であることがわかる。
そのあとは何度やっても、すばやい動きについていけなかった。一回目の成功は水温が低くて動きが遅かったことと、仮面を引き戻すときに土塊に引っかかったのではないかと思われる。
次に、なんとか下から仰角で撮りたい、と考えた。試行錯誤の結果、ガラス製の時計皿を空中に固定して水を張りヤゴを放して撮ったのが写真3、4である。
動きが早く、仮面の伸びた状態で撮ることはとうてい不可能だった。
写真3で頭部をややひねっているのがわかるが、捕獲仮面を繰り出す直前に、静かに、狙いを定めるように頭部を動かす。表情を変えずに音もなく照準を合わせる姿は、いかにもハードボイルドな“殺し屋”という雰囲気を漂わせるものだった(もともと表情も音もないが…)。
昆虫の中では原始的といわれるトンボの仲間だが、こんな高度な進化を遂げていることに驚かされた。『生物には下等、高等とかいう形容詞はふさわしくない。すべての種にはそれぞれに優れた面がある。人間はたまたま知恵に優れているというだけのことです』とは山崎先生の言葉である。

【注】『昆虫博士入門』は2011年春の発行を目標に鋭意進行中です。

写真1 アカムシを狙うヤゴ
写真2 捕獲仮面でアカムシを捕らえた
写真3 頭部をひねって照準を合わせる
写真4 アカムシを捕らえたヤゴ。このあと本当の口ですみやかに処理する