話のたねのテーブル

植物や虫、動物にまつわるコラムをお届けします。
No.95
「ガラパゴス」にはならなかった島―その12.島の人たち(その5)―
執筆者:高橋敬一
2010年06月30日

 水産資源局に勤務するヘンリーさんは典型的なワルです。
 おじさんは初代大統領なのですが、この島国の人たちはみんな親戚同士ですから、大統領や大臣が身内にもごく普通にいるのです。おじさんが大統領だったからといって特別な意味などまったくありません。
 ヘンリーさんから電話がきます。ヘンリーさんからの電話ということは借金の申し込みに決まっています。
「ハーイ、トモダチ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」
 日本語による決まり文句の後で、
「ハイ、トモダチ! あさって必ず返すから五十ドル貸してもらえない?」
 ヘンリーさんにはもう三百ドル近く貸しているのですが、一度だって返してもらったことがありません。心を鬼にしながら、
「すいません。もうウチにはお金がないんです・・・」
 そう答えます。なおも粘るヘンリーさんを相手に、さらにダメを言い続け、ようやく電話を切るころにはがっくり疲れてしまいます。この島国では金の貸し借りはかなり頻繁に行われていて、返してくれ、と言えずに悩んでいる人もたくさんいます。借金の原因はいくつかありますが、まずは、お金は後先考えずにすぐに使ってしまう、という男の習性と、あとは葬式やベビーシャワーなどの、この国の言葉(になった日本語)でいうところのシュウカン(習慣)です。島社会に本腰でとけ込もうとするとき、まず最初に遭遇するのがこの、金貸してくれ、です。
 ヘンリーさんは確かにワルですが、しかし海へ出るとすごいのです。スコールの吹き付ける真っ暗闇の中、あちこちに浅瀬のあるリーフの中を、暗やみを見つめながらボートを疾走させていく様はまさに海の男です。
 私もつい、
「きょうの操縦はヘンリーさんだから少し寝るか」
 などと思って、目をつぶったりします。これがアルベルトさんあたりが操縦していたら、「あのう、ちょっと私が代わりますよ」
 などと言うところです。
 しかし陸に上がったヘンリーさんは、すぐにまたいつものワルに戻ってしまいます。
「ケイイチさん! いま、彼女を外に待たせてるんだ。五十ドルばかし貸してくんないかなぁ」
 ヘンリーさんには家族がいます。そしてもちろん「彼女」とは奥さんのことではありません。
 困った人だなあ、そう思いながらアパートの外を覗くと、タバコをくわえた背の高い中国人のお姉さんが、青い空を眺めながら煙をもくもくと吐き出しています。

アバイと呼ばれる島の集会所
流木の向こうには赤道が見えます