話のたねのテーブル

植物や虫、動物にまつわるコラムをお届けします。
No.54
「ガラパゴス」にはならなかった島―その6.兄弟二人だけの島―
執筆者:高橋敬一
2009年09月16日

「ガラパゴス」にはならなかった島、という題で5回の連載を終えましたが、引き続いてこの島国での体験を綴ることになりました。今回は首都から遠く離れた小さな島のお話をしようと思います。

 三ヶ月に一度、遠く離れた離島に物資を運ぶ船が出ます。私はあるとき農業局の一員としてこの船に乗り込み、離島の昆虫相を調査することになりました。そして首都を出てから三日目、朝起きてデッキに出てみると、目の前に小さな島が浮かんでいました。あたりを見回してみても、見えるものといえば広大な海と、青空の中に浮かぶ無数の小さなちぎれ雲ばかりです。
 この島には兄弟が二人きりで住んでいました。はしけに乗って砂浜にたどり着いた私は、「上陸時間は二時間だから!」という声を背中に聞きながら、兄弟との挨拶もそこそこに島の中へと入り込みました。そして全身汗とヌカカまみれになって調査を済ませ、走りながら海岸へ戻ってくると、出発予定時刻にもかかわらずはしけはのんびりと浜辺で波に揺れているばかりです。

 声がします。振り向くと丘の上で兄の方が手招きをしながら叫んでいます。「ヤシガニがゆであがったぞぉ!」兄弟の家に入ると、そこでは農業局の同僚のアルベルトさんが大きなヤシガニをまるで犬のようにむさぼり食っていました。私が調査をしている間もアルベルトさんはここで世間話をしたりしながら、いろんなものを食べていたに違いありません。「お、おお! ケイイチ! これはお前のだ、食え!」アルベルトさんは傍らのバケツを指さしました。中には人間の頭くらいのゆで上がったヤシガニが入っています。私は調査カバンを下ろし、手をズボンでごしごし拭きながら椅子に座ると、バケツからその巨大なヤシガニを取りだしてむしゃぶりつきました。身のつまった味のよいヤシガニです。三ヶ月に一度の来客をなんとか長く引き留めておきたい一心であれこれ策を考えていたのでしょう。私はヤシガニを頬張りながら、にこにこと笑顔で話しかけてくる兄弟に相づちを打っていました。

 さて、ヤシガニを食べ終わると、私はふくらんだお腹をさすりながら小屋の外に出て、あらためてあたりの景色をながめました。それまで気がつかなかったのですが、林の中にはいくつもの十字架が並んでいます。兄弟の家族たちのものでしょう。一人、また一人と家族が減っていく中で、いくら寂しさに慣れてしまったとはいえ、私たちが行ってしまえば次の船が来るまで、また海の上の雲ばかり見つめて過ごす日々が続くのです。 ヤシガニが終わると、今度はウミガメの解体が始まりました。ひっくり返した大きな甲羅の中を覗くと中は血の池です。カメの頭はとうに切り離されて少し離れたところに転がっています。きれいに洗った大きな皿の上にカメの肉と脂肪が混ぜて載せられると、その上に醤油とレモン汁がそそがれました。カメの刺身のなんとおいしいことでしょう!
 小さな島に笑い声はあふれ、はしけだけがあいかわらず、浜辺でつまらなさそうに揺れているばかりです。

スコールがやってきました。赤道近くとはいえ、海の上で出会う雨は氷のように冷たく感じられます。
この島で見つけた新種の昆虫(ジョウカイモドキの一種)Laius etsukoae 。 種小名には調査に同行した我がかみさんの名前がつきました。