話のたねのテーブル

植物や虫、動物にまつわるコラムをお届けします。
No.53
サイカチムシとコエムシとはどんな関係?
執筆者:川名 興
2009年09月09日

 カブトムシは夏になるとかつては子供等の格好の遊び相手だった。雌には見向きもせず、雄だけを捜しに朝早く親子で捜しに駆け回る姿を見かけたものだが、最近の子供は外国産の大きなカブトムシやクワガタに夢中で、近所の子に千葉県富津市青木でみつけたコクワガタを採って、くれようと持って行ってもまったく関心を示さない。今や子供達のヒーローは外国産に席けんされている。
 カブトムシやコガネムシなどの甲虫はブーンと羽を振るわせて飛ぶせいか、かつてはこれらをブーブーと称していて、千葉県の南房総市(旧富浦町)ではずっと前は雄をツノガラブーブー、雌は単にブーブーといって雌雄を区別していた。富津市西川では雌雄ともセーカチと呼ぶと老婆から聞いた。
 このセーカチの由来は江戸時代の方言辞典というべき越谷吾山の『物類称呼』(1775年、東條操校訂、岩波書店)に「江戸にてかぶとむしと云、大和にてつのむしと云、此虫は〈さいかし〉の樹に住むし也。羽有て飛ぶ。雄は角有、雌は角なし、但さいかしは関束にてさいかちといふ樹也」とある。このことからかぶとむしは江戸の言葉だったことがわかるし、セーカチの由来はこのサイカチの樹にいることによる。
 しかし、富津市ではサイカチがめったに生えていないから、このカブトムシがサイカチにいるところを見たことがない。むしろサイカチの樹に刺があって、この刺を角と見なしたと考えた方がよいのかもしれない。

 このように各地で呼ばれていた呼称を尚学図書編(1989)『日本方言大辞典』(小学館)からみてみると、ウシ(牛)が三重県一志郡、シカ(鹿)が静岡県田方郡、カジワラ(梶原)が千葉県安房郡、古記録でヤリカツギ(槍担)が宇治山田に。ゲンジ(源氏)が三重県志摩郡、ヘーケ(平家)が三重県阿山郡にあって、これらも恐らく雄の方に注目が集った名称であろう。
 この本では、小野蘭山(1847)『重訂本草綱目啓蒙』を引いて、仙台でオニムシ(鬼虫)、ヘーケムシが予州にあり、予州は『広辞苑』(岩波書店)によれば伊予(いよ)国別称とあり、いまの愛媛県とある。江戸時代に記録されたこのヘーケムシの呼称が今の三重県阿山郡にヘーケとして残ったと見てよいだろう。

 子供の頃、サツマイモの芋床を藁でかこい、藁や落葉、食べ物のくずを入れて堆肥状にし上にトタンをかぶせた。しばらくたってこの芋床を解体したところ、イモムシと呼んだカブトムシの幼虫が出てきた。さきの『日本方言大辞典』にこの幼虫を埼玉県秩父郡、香川県大川郡でコエムシ(肥虫)、広島県でウマグソホリ(馬糞掘)などの呼名がある。古川晴男他編(1965)『原色昆虫百科図鑑』(集英社)に「幼虫はつみごえ・腐葉土・朽ち木の中にすんでいる」とあって、里人のこの命名は的確だったといえる。

カブトムシ雄成虫
樹液を吸うカブトムシ 下; 雄、上; 雌
カブトムシ幼虫
カブトムシ3点の写真は「校庭の昆虫」全国農村教育協会発行より転載
サイカチの樹の刺