話のたねのテーブル

植物や虫、動物にまつわるコラムをお届けします。
No.7
字書き虫と殺虫剤
執筆者:田仲義弘
2009年03月04日

ある殺虫剤の説明書きに「有効成分…イサエヤヒメコバチ羽化成虫125頭/瓶」とあります。害虫を殺すために、瓶の蓋を取り中の粉(実は蜂)を振りかけるという方法があり、そのための薬(=蜂)が売られているからです。寄生蜂の産卵行動を撮影しようと友人に相談したところ、春に菜の花か豆類の畑で、ハモグリバエの幼虫を見ていれば、コバチの産卵は簡単に観察できると教えられました。ただし小さい(体長0.5~2.5mm)とも。そのコバチの中の一種がイサエヤヒメコバチでした。
ハモグリバエは葉潜り蠅、葉の中に潜り込んで葉肉の部分を食べ進みながら成長します。食べられた部分が白くなるので「字書き虫」等と呼ばれます。葉の中にいるため殺虫剤は効きにくいのですが、寄生蜂にとっては恰好の寄主となります。隠れ家に住んでいるので、完全に眠らせても、寄生蜂の幼虫が体液を吸って体が弱っても、アリなどの敵に襲われることがないからです。そこで、最初の寄生蜂は閉鎖空間に生活する昆虫を利用したと考えられます。イサエヤヒメコバチも、産卵管を用いてハモグリバエの幼虫に麻酔薬を注射してから、そのすぐそばに産卵します(写真は麻酔中)。

閉鎖空間で生活する様々な昆虫の幼虫を利用することで、寄生蜂は分化・発展しますが、1つの問題に直面します。奥深くに潜む相手には長い産卵管が必要ですが、腹の先から伸びた長い管(硬い錐)は壊れやすいのです。解決法の1つはすでに祖先にあたるキバチが見つけていました。昆虫の産卵管は体の末端からではなく、少し手前の部分が変化してできました。そこで腹部の産卵管より胸に近い部分を短くし、後の部分を長くすれば産卵管は腹の下に隠れることになります。このような蜂の産卵を観察すると、産卵管が腹の途中や、付け根から伸びているので、初めて見ると驚きます。
 腹部の長さの産卵管でも足りない寄生蜂は、腹端から丈夫な鞘を伸ばして産卵管を守り、突き刺すときには鞘がレールの役割も果たします。これで体長の10倍近くの産卵管を持てるようになりました。更に長い産卵管では、釣り竿のようなしなやかさを持っていて、簡単に壊れないようになっています。そのように長い産卵管でも、管の先端まで神経が通い、先端に感覚器があるので、寄主を確実に狙うことができます。

図解
図解
ハモグリバエの被害
イサエヤヒメコバチの麻酔薬注射
イサエヤヒメコバチの麻酔薬注射