農業局で会計を担当しているビッグママ(私が彼女につけたあだ名です)が、私のいる部屋へ入ってきました。
「エドウィンが捕ったヤモリはあるかい?」
つい先日、フィリピンから来た貨物を調べていて、防疫官のエドウィンさんが大きなヤモリを捕まえたのです。
「ああ、ここです」
そう言って戸棚から液浸標本を出して見せると、ビッグママは顔をしかめました。
「おお、いやだよ、こんなのが島に増えたら」
「フィリピンなんかでは民家にこういうのがいっぱいいて、夜中になると天井に出てきて、トッコオ! トッコオ! って大声で鳴くんです。すごくうるさいですよ」
「ほんとかい? いやだねえ」
いつもならこのあたりで会話が終わってしまうのですが、その日は私以外事務所に誰もいなかったので、気難しい彼女も珍しく昔話を始めました。
「もう死んでしまったけど、あたしのおじさんは動物の鳴き声で何が起こったかが分かったんだよ。例えば誰それが今日死んだとかね。それに雲の形でこれから起こることも分かったんだよ。いろいろと教わったよ。でもあるとき、教会(キリスト教)でその話をしたら、そんなことを信じてはいけないって言われて、それからはあんまり人に言わないようにしてきたんだよ」
若い頃にダイナマイトをいじっていて爆発し、片手片足を無くした彼女のおじさんは、自分で義手義足を作り、なんでも自分一人でしたそうです。ワニまで捕ってきて食べさせてくれたそうです。
「ワニはぜひ食べてみたいですねえ、どんな味ですか?」
「そうだねえ、鳥みたいな味だったねえ」
さて、トイレというものは農業局にはひとつだけ、フレッドやアルベルトさんや私が居室として使っているこの部屋にしかありません。そこでみんながトイレを借りにくるのですが、実はビッグママは机上に並べてある私の本の後ろに彼女専用のトイレットペーパーを隠しているのです。
「トイレに置くとみんなが使ってしまうからねえ」
初めてビッグママが私の本の後ろからトイレットペーパーを取り出した時はたまげてしまいました。自分でもそんなところにトイレットペーパーが隠してあるとはまったく知らなかったのです。