着地した雌に対して雄のチョウは、羽を広げて求愛行動をする。羽の色や形などの視覚による情報だけでなく、化学物質を使って性行動を誘発するチョウがいる。昆虫類は、普通このような性フェロモン(性行動を誘発する化学物質)は雌が雄を誘因する場合が多い。しかしチョウの場合は、雄が羽にある発香鱗(鱗粉が変化して香りを出すようになった分泌器官)や腹部末端からヘアペンシル(毛束の分泌器官)を出して性フェロモンを分泌する。この性フェロモンは雌の交尾拒否行動を柔らげる働きがあるらしい。多くのチョウが発香鱗を持つことが知られている。モンシロチョウやスジグロチョウなどのシロチョウ科は発香鱗が羽全体に不規則に散らばっている。モンシロチョウの発香鱗を電子顕微鏡で見ると、写真1のように鱗粉の間に散在している。他の鱗粉と形態が異なり、先端が三角形状で縦軸が糸状になって5μmほど伸びている。そこから性フェロモンが分泌されるのであろう。雄のチョウの性標(雌雄の違いを示す部分)には、発香鱗で構成されている種が見られる。タテハチョウ科のウラギンヒョウモンやミドリヒョウモンなどは性標部分に鱗粉が変化したと思われる長いヒモ状の構造が見られた。先端の30μmほどは糸状で、その糸状の先端は小さな膨らみとなっている。発香鱗を持つチョウは、シロチョウ科以外のチョウはこのように羽の一部に発香鱗が見られる。亜科、族の分類間では、形状に共通点があることが報告されている。
マダラチョウ科の多くのチョウは多くは、ヘアペンシルを持っている。アサギマダラは配偶行動の時に古い筆の穂先がほぐれたようなアペンシル出して、後ろ羽の性標にこすりつけて匂いづけをする。このチョウの性標を電顕で見ると、鱗粉の間に丸い分泌器官が見られる。このように雄のチョウは特異な発香器官を持って雌を誘惑している。