2009年11月29日、自然観察大学の特別企画「海辺の鳥」観察会をおこなった。場所は、東京湾の最も奥まった葛西臨海公園。これまでにも2回、鳥限定の観察会を同じ場所で実施したことがあるが、今回はちょっと新しい試みをしてみた。拙著『野鳥博士入門』(全農教)をテキストとして使用しての観察会である。
JR京葉線の葛西臨海公園駅で下車。徒歩数分で海岸に出る距離なのだが、途中で真っ赤なシロダモの果実をヒヨドリやムクドリが食べた痕を発見。果実食鳥と果実の関係について、テキストをもとに解説。たっぷり「道草」を食いながら、ようやく東京湾が見えて来るなぎさ大橋に到着した。
ここが海であることを、どのように感じ取れるだろうか。目を閉じて匂いを嗅ぎ、太陽の位置を確かめて見る。目を開くと、スズガモの大群が海面を埋めつくしている。普通の野鳥観察では、スズガモの大群の中に、どんな種類の鳥が混じっているのか目を皿のようにして探すことになる。「あそこにウミアイサがいるぞ」「首の長いのはカンムリカイツブリ」「杭の上に止まっているのはカワウ、あっ、向こうの東なぎさにミヤコドリ」というように、次々と鳥の種類探し競争が始まる。それはそれで意味のあることだが、それだけでよいのだろうか、という反省の上にたって企画したのが今回の観察会だ。
スズガモの大群を前に、「何と大きな群れだろう」「何羽くらいいるのかな」「海面に浮いて、何をしているのだろう」そんな、素朴な感動を大切にしたい。個体を見るのと同時に、群れの行動や群れ全体を観察してみることにする。
スズガモの群れをよく見ると、目を閉じて静止している個体、水浴している個体など、様々だ。全体として群れは休息していることが分かる。では、なぜ昼間なのに採餌していないのだろうか…? カモ類の多くが夜間採餌をし、日中は天敵を警戒しつつ羽を休めること。かつて東京湾で狩猟がおこなわれていたころ、何万羽というスズガモが日中は危険を避けて行徳野鳥保護区などに集結し、夕方になると海に飛び立っていたことなどを説明する。
スズガモの大群の中に、スズガモよりもずっと小さな水鳥が20~30羽、一斉に海面に姿を表し、再び一斉に潜水する。ハジロカイツブリだ。テキスト100ページの写真と見比べながら、群れが一斉に海面から姿を消してしまうシーンを観察。次に浮上してくるのははたして何処なのか、海面を見つめながらじっとその時を待つ。単独で潜水して魚を捕らえるよりも、こうして群れをなして潜水して集団で魚を追いつめた方がはるかに効率的な漁ができるのであろう。潜水中のハジロカイツブリがどのように泳いでいるのかは見えない。見えないのだが、テキスト103ページの「足の位置」の写真を見比べながら、ハジロカイツブリの足が体の後方に位置しており、スクリューのような役割をしていることを確認する。テキスト使用の観察会のメリットも大きいものがある。
堤防の上から、水路に入ってきた2~3羽のハジロカイツブリがいる。潜水し、暫くすると何かをくわえて浮上する。双眼鏡で見ると、捕食したのは長さ3~5cm大のカニ。「ハジロカイツブリがカニを食べるシーン」、筆者にとっては初めての観察であった。図鑑などには、「魚、甲殻類、こん虫類、植物質も食べる」とある。が、相模川でシマイサキを捕食した写真を見たことがあるが、その他に、具体的に何を食べているのかを観察した事例は少ない。貴重な観察だった。海面では群れで採餌し、狭い水路では、群れから離れたハジロカイツブリが単独でカニを捕食している。双眼鏡で注意深く観察すると、ハジロカイツブリの嘴の先はわずかに反っていることが分かる。このわずかな反りが、水中で魚介類を捕食する際に役立っているらしいのだが、十分な観察はなされていない。
ハジロカイツブリのカニ漁に目を奪われていると、スズガモの大群が一斉に飛び立った。あたかもイナゴの大群が大草原を移動しているかのようだ。飛び立ったスズガモは、500~600m先の東京ディズニーランド沖の海面に次々と着水していく。何かに驚いて、一斉に飛び立ったようだ。見ると、1羽の猛禽が接近してくる。のんびりと休止しているようだが、けっして警戒を怠っているわけではない。遮るものがまったくない海上にあって、単独でいるのは極めて危険だ。いつ背後から襲われるか分からず、うかうかと眠るわけにもいかない。群れていれば、それも数千羽、数万羽ともなれば、群れの中の何羽かは目を開けており、天敵の接近に気づき、一斉に飛び立つことができる。これこそスズガモが集団を形成している最大のメリットではなかろうか。東京湾の海面にスズガモの大群が浮いて、その彼方には大きな貨物船や東京湾アクアラインの「風の塔」が、そしてさらにその彼方には木更津の海岸や房総丘陵の山々が遠望できる。