話のたねのテーブル

植物や虫、動物にまつわるコラムをお届けします。
No.50
「ガラパゴス」にはならなかった島―その5.ガラパゴスとは何だったのだろう?―
執筆者:高橋敬一
2009年09月02日

 今回が最終回となりますので、『「ガラパゴス」にはならなかった島』の意味についてお話ししようと思います。
 みなさんもよくご存じのように、ガラパゴス諸島にはゾウガメやダーウィンフィンチをはじめとする数多くの変わった固有の陸上生物が生息し、生態学の研究者なら一生に一度は訪れてみたい場所です。けれどもガラパゴスと同じく赤道付近に位置するこの島の陸上生物に関しては、世界中探してもごく少数の専門的な学術論文しか存在しません。なぜでしょう? 

 「ガラパゴス」という名前を聞いたとき、私たちが真っ先にイメージするのは、「珍しい生物がいる島」です。では珍しい生物とは何か? そう聞かれたら、ほとんどの人は「ごくわずかな数しか生き残っていない、ちょっと変わった(=人間の意識に入ってくるような目立つ)生物」と答えるのではないでしょうか。けれどもじつは絶滅寸前の生物など日本にだってたくさんいますし、ゾウガメのような大型の生き物がいなくても、小笠原諸島など、堂々と「東洋のガラパゴス」と自称しています。そうした呼び名が定着したのは、そう宣伝することで小笠原を注目させようとした人がいたからであって、ただ黙っていては小笠原など単なる東京都の南の端の島々に過ぎなかったことでしょう。ガラパゴスだって、ダーウィンと進化論なしでは無名の島々として終わっていたに違いありません。

 裏を返せばこの島だって、固有種の鳥やカエルや昆虫をポスターにでかでかと印刷して(=人間の意識に定着させて)「西太平洋のガラパゴス!」などと大々的に宣伝すれば、誰でも「お?」と思うことでしょう。それをしないのは、島の人々がその必要を感じないからです。ホテルと海さえあれば観光客はやってくるし、それで十分だからです。
 ある島が「ガラパゴス」のようになるかどうかには、このようにまことに人間臭い営みが関与しています。これは海洋島だけの話ではありません。日本国内のなんでもないような場所が金の力で有名観光地になるかと思えば、学術的にいかに貴重な場所でも、金とつながらなければ宅地や耕作地になるしかありません。この島の陸上がガラパゴスのようなエコツアーのメッカになることは将来もなく、世界中の人々にとってこの島は、あくまで海が売り物の観光地の一つとして今後も認識され続けることでしょう。わたしはそれが別に残念だとは思いません。もしここがガラパゴスのようになったら、自然保護をめぐって外部から受ける様々な圧力を、独立国であるこの島の人びとはいやがることでしょう。
 ガラパゴスに行かずとも、そしてこの島などに来ずとも、驚異は日本の、そして地球上のいたるところに転がっています。ただ、よほど注意深く観察しないかぎりそれらに目がとまることはありませんし、かつ大きな宣伝もなされないので、普通の人の意識には入ってこないだけです。
 もし人間が昆虫の大きさであったなら、世界ははるかに驚きに満ちたものとなっていたことでしょう。そしてまたもし人間がゾウの大きさであったなら、人間にとってこの世界はどのように映ったことでしょう。

長大な気根でできたマングローブのカーテン
リゾートホテルからの夕景(高井幹夫氏撮影)