酔っぱらったパスクワルさんが夜中にアパートへやってきました。パスクワルさんは植物防疫官です。かつての悪役プロレスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーをずっとやさしくしたような感じで、いつも早口でしゃべりまくっています。
アメリカに住んでいたこともあるそうです。今でも奥さんと子供はアメリカにいると言っていますが、では、いま一緒に暮らしている女の人は誰なのでしょう。
「彼女もワイフだ」
そうなのかもしれない、と私は思いました。
パスクワルさんはアパートの戸口にどかっと座り込んで、いきなり言いました。
「ケイイチさん! 俺はダメな人間なんだ!」「は?」「おやじに、ケイイチさんから金を借りていると言ったらすごく怒られて、一度家へ招待しろって言われたんだ。来てくれ!」「今週?」「いつでもいいんだ! たのむから来てくれ!」「はあ、ここしばらくはお客さんが続くから・・・」「ケイイチさん! 俺は本当にダメな人間なんだっ!」「いや、そんなことないですよ。しっかりして下さい」「ケイイチさんっ!」「は?」「すまんっ! 金を貸してくれっ!」
翌日、アパートで昼飯を食べていると、またパスクワルさんがやってきました。
「ケイイチさん、俺、きのうここへ来た?」「ああ、ええ、来ましたよ」「俺、何って言ってた?」「はあ、こんど実家へ遊びに来いって・・・」「俺、金を借りた?」「はあ、ええ、少し・・・」「捕りたてのマグロ置いてくからっ!」
そう言うなりパスクワルさんは、ビニル袋に入った血の滴るマグロのかたまりを玄関にべちゃっと置いて、さっと消えてしまいました。
ある晩、またパスクワルさんがやって来ました。今度はシャコガイを持っています。
「きのう釣りに行ったんだが、いやあ波が高くてたいへんだった」「釣れましたか?」「いや、だめだ。あれじゃあ、だめだ。仕方ないから潜ってシャコガイ(この時はシャコガイの採集禁止期間でした)を採ってきた。でもあぶなかった!」「やはり波があるとあぶないですか?」「いや、波じゃない。ポリスだよ、ポリス。捕まったらブタ箱だ。でもこんど一緒にシャコガイを採りに行こう!」「私も行くんですか?」「ああ、でっかいのがあるとこ知ってんだ」「はあ・・・」
ポリスに捕まる危険を侵してまで採りたいほどにシャコガイがおいしいとは、私にはとても思えないのですが・・・。