「初めてこのアブラムシを見たのは一九二七年の十二月末であった。もう数日で正月という頃に、やっとクリノオオアブラムシは産卵を始めたのである。暖かい竹藪に北側を囲まれた林で、梢から押し寄せてきた成熟した雌の大群が、右往左往しながら、地上一メートルばかりの幹の表面に集まって、黒い大きな卵を、悠々と産下しているのであった。」(岩田久仁雄、「自然観察者の手記」より)
アブラムシは、春から秋にかけて雌だけで雌の子供を産み続けます(単為発生)。それも卵を産むのではなく、胎生で、親を小さくしただけの子供が、腹の端から生まれてきます。ところが秋には雄も生まれ、交尾した雌が卵を産んで、その卵が冬を越すのです。その卵が見たくて、前述の岩田先生の文を頼りに、クリの木を探し回りました。卵はやや傾いた幹や枝の下側に、30~600、あるいはそれ以上の塊になっています。30~50というのは、おそらく1匹の雌が産んだものでしょう。
3月の中旬から4月の上旬にかけて、クリオオアブラムシの卵が孵化して幼虫が現れます。時期が長いのは、元気の良い幹や枝ならば方角に関係なく下側に卵を産むので、暖かい南側の卵は早く、北側や影になっている部分の卵は孵化が遅くなるからです。そしてアブラムシの体内に卵を託すためにマダラアブラバチというコマユバチの一種がやってきます。マダラアブラバチの産卵写真はまだ満足できるものがありません。幼虫や卵が重なり合っているので、ハチがどの幼虫(卵)に産卵しているか分かり難いからです。それでも毎年写真を撮り続けているのは、腹部を胸の下から前に突き出した姿が絵心を誘うからかもしれません。
4月上旬から下旬にかけては、別のハチ(コバチ)がアブラムシに馬乗りになって産卵しています。かなり慎重にアブラムシを選んでいますが、それもそのはず、アブラムシに産卵しているのではなく、アブラムシの体内にいるマダラアブラバチの幼虫に産卵しているからです(二次寄生)。
マダラアブラバチの幼虫はアブラムシとともにゆっくりと成長し、成長しきった頃に、マダラアブラバチの幼虫は内部を食べ尽くし、糸を吐いて、アブラムシを幹に糊づけにします。クリオオアブラムシの卵塊の中には糊づけにされた大きなアブラムシが混ざっていますが、その体内には寄生蜂の幼虫や蛹、あるいは寄生蜂の幼虫の死骸と二次寄生蜂の幼虫やさなぎが入っています。